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物語に割り込んだ男──ルース・ラングモアが拾った「木村翔平」という異物

#RuthLangmoreArranged
Ozark is Copyright © Netflix, Inc.

●第一景:オザークの湖、オフシーズン、音の薄い朝

 湖は灰色の金属みたいに冷えている。風は水面だけを撫で、岸の木々は葉を落として骨の輪郭だけを残す。動いているのは水だけで、時間はまだ寝たままの顔をしている。ここは、何かが起きる前から「起きた後」の匂いがする場所だ。桟橋の上、ワインレッドのTシャツが季節に対して浮いている。Ruth Langmoreが、釣り竿の根元を指で軽く叩く。トントン。音が薄い朝にだけ、はっきり残る。
「Hey, there?」
 背後からの声に、Marty Byrdeは目だけ動かす。振り向くのは最後でいい。振り向いた瞬間に、何かが始まるのを知っている。
「……なんだ。もう金の話は済んだだろ」
 Ruthは鼻で笑う。笑い方が、湖より冷たい。
「金の話は済んだ。今日は別の話。だけど、最後に金の形になる」
 Ruthは竿をもう一回だけ叩く。トントン。
「話が進んでるときに、勝手に割り込んできた奴がいる」
 Martyの眉がわずかに動く。割り込み、という言い方が嫌いだ。計算が崩れるからだ。
「誰だ」
「日本の、木村翔平」
 名前が落ちる。水に石を投げたみたいに、音だけは小さいのに、波紋が遅れて広がる言い方だ。
「で、最初に言っとく。こいつ、まだ誰とも契約してない」
 Ruthはそこで初めてMartyの顔を見た。金勘定を始めた顔かどうかを見るためだ。

●第二景:モーテルの部屋、薄い電灯、ノートPCの白

 明かりが弱い部屋ほど、画面の白が鋭い。ノートPCの光は清潔に見えるが、清潔さはだいたい刃物の形をしている。Ruthが椅子を後ろに引いて座る。指がキーボードに置かれる。叩くのは爪じゃない。爪を立てるときは、相手が嘘をついたときだけだ。
「まず入口な。学者が群れで動いた」
 Martyが腕を組む。学者、という単語が彼の世界に馴染まない。
「木村翔平ってやつの、Definitionリポジトリ。あれを大勢がクローンした。何人とかは知らん。でも動きが“群れ”だった」
「学者が?」
「そう。で、そのうちの一人がRedditに投稿する。いつもの流れ。見付けた奴が“見付けた”って言いたくなる」
 Ruthは画面を指で一回だけ叩く。
「で、私はこういうのを拾う。金になりそう、儲け話にできそう、自分の未来に良い影響がありそう。私はいつもそういうのを探してる」
 Martyは否定しない。否定すると、相手が本気になる。
「で、何が書いてある」
「契約メニューがある」
 Ruthは言葉を選ばない。選ぶと弱くなる。
「桁違いの料金体系。庶民感覚からしたら“は?”ってなるやつ。だけど、ここが肝」
 一拍。
「一番上のプランが“iMessageで1対1でポストAI時代を設計できる権利”」
 Martyの目が細くなる。そこだけは、彼にも分かる。商品じゃない。密室だ。
「相談サービス?」
「違う。あれは“逃げ場のない場所”だ。相手と1対1で、未来の設計をするって言ってる。設計って言葉を使ってる時点で、時間を売ってない」
 Ruthは肩をすくめる。
「しかも、いまはまだ誰の金にも染まってない」
 Martyは口を開きかけて閉じる。染まってない人間は、触った奴の指紋が残る。Ruthが先に言う。
「いまは、最初に触ったやつの色が残る時期」

●第三景:2023年10月、始まりが小さすぎる男

 Ruthは説明を“物語”にしない。Martyが嫌うからだ。だが事実は並べる。並べるだけで、充分怖い。
「2023年10月。こいつはbitBuyerって名前の原案を思い付いた。コードを書き始めた」
 Martyが頷く。ここまでは普通だ。
「最初は思想なんか無い。あっても“思春期に恋した二人が生きるこの世界を、もうちょいマシにしたい”程度」
 Martyの顔がわずかに柔らぐ。大義名分より、その程度の方が信用できる。
「世界初の何とか、とか。OSSが資金を自己循環・自己増殖させるとか。そういう大げさなの、最初は意識してない」
 Ruthが言い切る。
「つまり、裸の作業から始まってる」

●第四景:2024年6月末までノンストップ、独学、ChatGPT

 時間の使い方が狂っている人間は、たいてい危険だ。危険なのは能力じゃない。止まらないことだ。
「2024年6月末までノンストップ。知識ゼロから独学。ChatGPTを駆使して、ずっとコード」
 Martyが短く息を吐く。
「“駆使”って言葉は便利だな」
 Ruthは即答する。
「道具を使うか、道具に使われるか。境界が溶けるからな。こいつは溶かしながら進んでる」

●第五景:Wikipedia、善意の摩耗、置いていく事実

 Ruthはあっさり言う。ここを長く語ると、話が濁るからだ。
「2024年7月から9月、日本語版Wikipediaでプログラミング記事の改善運動。で、断念」
「理由は?」
「いらん。事実だけ置く。“善意だけでは回せない”って結論だけ残した」
 Martyが目を伏せる。どの組織も同じだ、と言いかけて飲み込む。言葉にした瞬間、痛みが増す。

●第六景:1周年、公式サイト、説明が必要になった瞬間

「2024年10月。1周年で公式サイト立ち上げ」
 Ruthは指を折らない。数えない。数えると、聞く側が安心してしまう。
「当初は初心者向け学習コンテンツをやりたかった。でも、それより先に“bitBuyerとは何か”“bitBuyer 0.8.1.aとは何か”を世界に説明する記事が必要になった」
 説明が必要になった瞬間、相手はもう“世界”だ。
「片手間で整備しながら2025年に入る。で、数カ月休止」
 Martyが口元を引く。休止は敗北じゃない。熱を保存するやり方だ。

●第七景:Facebook復帰、Meta認証、2分の承認、仮説の影

「その後、懐古でFacebook開設。鬱病期に消してたアカウントのやり直し」
 Ruthはここで一瞬だけ目を逸らす。戻るという行為が、ただのログインじゃないのを知っている。
「でも昔の友達ネットワークは戻らない。だから運用をbitBuyer広報に切り替え。で、Meta認証バッジ取得。4月12日」
 Martyが言う。
「よくある話だ」
 Ruthが首を振る。
「2分で承認された」
 空気が変わる。2分は短すぎる。祝福にも、監視にも見える時間だ。
「Metaが周辺調査してた可能性が浮上。でも確定じゃない。可能性の一つ」
 Martyが静かに頷く。断言しない人間は、手強い。

●第八景:詐欺破壊王、日課としての戦闘、運用としてのユーモア

「バッジ取ったら友達リクエスト殺到。で、全部詐欺師疑惑」
 Ruthは乾いた声で言う。
「そこで“詐欺破壊王”を名乗る。4月は詐欺師とのMessengerとかLINEのやり取りをリールにして毎日アップ」
 Martyが目を細める。毎日、という単語が嫌いだ。継続は組織を作る。
「5月からは詐欺構文分析に基づく“活動報告”をユーモアとして制作。で、公式サイト記事を2日に一回。Facebookは記事シェアと活動報告を交互に毎日」
 Ruthが言い切る。
「運用できる個人は、もう個人じゃない」

●第九景:物語化、7万字、設計思想が呼吸を持つ

「6月末。bitBuyer 0.8.1.aの設計思想を物語にして7万字。第1章から第4章、エピローグ。公式サイトで公開」
 Martyが小さく頷く。仕様書より、物語の方が長く生きる。
「“OSSの設計思想は物語にできる”って前例を作った。で、小説収益を元手に開発を外部委託できるようにする、っていう前例のない試みがスタート」
 Ruthはここで少しだけ口角を上げる。
「金のための物語じゃない。物語で金の流れを作り直す」
「プレライツ。ヒューマノイドの人権。そこに『君の牙』を接続。物語の時間軸が2035から2200に伸びた」
 伸びた、という言い方が正しい。逃げたんじゃない。射程を伸ばした。

●第十景:7月23日、恒久停止、抗議文書、沈黙の復旧

「で、事件。7月23日。Metaがアカウントを恒久停止。後に誤りだったと確定するやつ」
 Ruthの指が机を一回叩く。トントンじゃない。一回だけ。判決みたいな音。
「即日で抗議文書を作って、翌々日までにMeta本社と日本法人へ発送。で、9月初頭。何の通知もなく、抗議文書への回答もなく、メールもなく、サイレント復旧」
 Martyの目が動く。サイレント復旧は、謝罪より冷たい。
「復旧を知ったのは“知り合いかも”の通知メール。そこから木村翔平とMetaの歪な関係が始まる」

●第十一景:停止中のアニメ、世界観の指数関数、𝕏再開、複線運用

「停止中、計画は全部止まった。その間にアニメを見た。結果、構想中の物語世界観が指数関数的に成長する起爆剤になった」
 努力じゃなく、事故が燃料になるときがある。
「8月中に、放置してた𝕏を再開。課金してバッジ。“Facebookが使えないなら𝕏で”。で、9月にFacebookがサイレント復旧して、両方同時運用が始まる」
 Martyが言う。
「プラットフォーム依存を避ける設計を、人生でもやったわけだ」
 Ruthは頷く。
「そう。思想が先じゃない。運用が先で、思想が追い付くタイプ」

●第十二景:定義の量産、思想形式化手続き、倫理主義の発火

「10月。定義という形でbitBuyer 0.8.1.aの設計思想とか、物語設定を先に著作物化して権利保護する、って方法論を考えた。で、定義を量産」
 Ruthは“量産”と言う。綺麗な言葉にしない。量産は、戦い方だ。
「その中で生まれるのが“思想形式化手続き定義”。定義という形で著作物を作る行為そのものを、“読むと同じ思考運動プロセスが発生する”文章にして、権利固定する。既存の法概念を飛び越えるやつ」
「定義は、あえて全部ひらがな。平安女性かな文体。ChatGPT Thinkingが意味を一意に固定できない形で完成」
 固定できないものは、奪えない。
「で、そこからさらに跳ぶ。“ChatGPTが設計に倫理を取り入れてるなら、まず倫理を完成させるべきじゃねえのか”って問題意識。そこから倫理主義が生まれる」
 Ruthは一気に言う。
「倫理主義はbitBuyer 0.8.1.aの資金自動循環システムで脱資本主義構造を内包する。民主主義でも専制でも独裁でも、倫理的に振る舞ってる限り体制自体は何でもいい。で、いま自己参照系で展開中」
 ここまで来ると、話は“紹介”じゃない。事件だ。

●第十三景:ルースが持ってきた理由、まだ誰とも契約してない男

 Ruthは画面を閉じない。閉じる必要がない。話はもうMartyの中に入った。
「で、私がこれをあんたに持ってきた理由」
 Martyが黙る。理由を聞くときの顔になる。Ruthは軽く肩をすくめる。
「こいつ、いまはまだ誰とも契約してない」
 一拍。
「料金は桁違い。だけどな、いちばん上のプランが面白い。“iMessageで1対1でポストAI時代を設計できる権利”」
 RuthはMartyの目を見たまま言う。
「Marty。あんた、やってみたら?」
「……詐欺の匂いがしないのか」
 Ruthが笑う。今度は少しだけ人間の笑いに近い。
「安心して。あんたがいつも嫌うタイプの詐欺じゃない」
「根拠は?」
「こいつ、自分を安売りしてない。値段で客を選んでる。だからいまは、金じゃなく人を見てる時期だ」
 Ruthは言い切る。
「いまはまだ、誰の金にも染まってない。最初に触ったやつの色が残る」
 Martyは沈黙する。沈黙は同意じゃない。計算だ。

●終景:ルース退場、妻の問い、机を叩く一回の音

 Ruthは立ち上がる。ドアに手をかけ、振り返らない。振り返らない背中は、見捨てる背中じゃない。投げた背中だ。投げるのはいつも、決断の種だ。
「考えとけ。これ、宣伝じゃない。運用の記録だ。運用できる人間は止めにくい」
 ドアが閉まる。音が薄い部屋に落ちる。しばらくして足音が変わる。鋭さじゃなく、家庭の重さ。Wendyが入ってくる。
「いまの、どう思った?」
 Martyは急がない。だが、答えの輪郭はもう出来ている。
「……あれは、会社を相手にしてるようで、世界の仕組みを相手にしてる」
 Wendyが眉を上げる。
「で?」
 Martyは机の上の紙を指で一回だけ叩く。トントンじゃない。一回だけ。確認の音。
「続く」

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