はじめに|規制の時代に突入する暗号資産、その最前線を読む
暗号資産(いわゆる仮想通貨)の世界は、これまで長らく「自由」「分散」「国境を越える技術」といった理念の下で拡大してきました。しかし近年、この市場に本格的な“規制の波”が押し寄せています。その中心にあるのが、欧州連合(EU)が主導する「MiCA規制(Markets in Crypto-Assets Regulation)」です。
MiCAは、世界で初めて暗号資産市場全体に網をかける統一ルールとして制定されました。ステーブルコインの発行、取引所のライセンス制度、情報開示、投資家保護のルールなど、その網羅性は群を抜いています。2024年6月から順次施行が始まり、2025年にはEU圏での暗号資産ビジネスのあり方が大きく変わると言われています。
本記事では、このMiCA規制の最新動向を軸に据えつつ、米国、日本、そして東南アジア諸国がどのように対応しているのかを比較し、さらにCoinbaseやCircleといった国際的なプロジェクトがどう行動しているのかを読み解いていきます。
暗号資産はもはや“遠い未来の技術”ではありません。証券、為替、決済インフラと交錯しながら、確実に私たちの投資環境に入り込みつつあります。その意味でMiCAをめぐる各国の対応は、今後の市場の形を決める“試金石”となるでしょう。
規制と自由のせめぎ合いの中、投資家としてどこに注目すべきなのか。本稿は、その座標軸を提供することを目的としています。
MiCA規制の背景と段階的な施行状況 (2024〜2025年5月)
欧州連合(EU)は暗号資産(仮想通貨)市場の包括的な規制枠組みとして「MiCA(Markets in Crypto-Assets)規制」を導入しました。MiCAは暗号資産やステーブルコイン(法定通貨に連動する暗号資産)の発行・サービス提供に関する明確なルールを定め、消費者保護や金融安定を図るものです。この規制策は2020年に提案され、2023年4月にEU議会で可決、5月にEU理事会で承認され正式成立しました。最終法令テキストは2023年6月に官報公示され、20日後に発効しています。
MiCAの施行は段階的に行われており、まず2024年6月30日からステーブルコイン関連規則(「資産参照トークン」「電子マネートークン」に関する規則)が適用開始されました。ステーブルコイン発行体には準備資産の保有や発行上限など厳格な要件が課され、EU域内で主要な取引所はTether(USDT)やDaiといった未承認のステーブルコインの取扱停止(上場廃止や「売却のみ可」への変更)といった対応を迫られました。例えば、米Circle社は自社の米ドル連動ステーブルコインUSDCについてフランス当局からライセンスを取得し、MiCA準拠第1号のグローバル企業となっています(同社はフランスを欧州拠点に選定)。一方で、最大手ステーブルコインのTether社はEU当局との対話に慎重で、一部ではEU市場撤退も取り沙汰されています。
その後2024年12月30日から、暗号資産サービス全般に関する規則(暗号資産サービス提供者=CASPへの包括的規制)が全面施行されました。これにより、取引所やカストディアン(保管業者)など暗号資産サービスプロバイダーは、EU加盟国のいずれかでMiCAライセンス(認可)を取得しなければ、EU域内で合法的に営業できなくなります。MiCAライセンスを取得すれば単一の加盟国の認可でEU全域でサービス提供可能(パスポーティング)となる一方、その要件は経営陣の適格性審査や資本要件、ホワイトペーパー(投資家向け情報開示)の提出義務など非常に広範です。また市場健全性と消費者保護の観点から、インサイダー取引や相場操縦の禁止、サイバーセキュリティ対策や苦情処理フローの整備なども盛り込まれています。
EU加盟国での実施状況とライセンス取得の動向
MiCA施行後のEU域内では各国当局が新たなライセンス発行に向けた体制整備を進めています。実際には移行期間(トランジション期間)が設けられ、既存事業者は一定期間内にMiCA準拠の申請を行えば従来の各国ルール下で暫定的に営業継続が可能です。しかしその期限は国ごとに異なり、多くが2025年中頃までとされています。例えばイタリアでは2025年6月末までにMiCAライセンス申請が必要で、それまでに認可を得られなければ約75%もの既存登録業者が営業資格を喪失する可能性が指摘されています。EU全体でも2025年初時点でMiCAライセンスを取得できた暗号資産企業は極めて少数で、CASP(サービス提供者)12社とステーブルコイン発行体10社程度に留まります。これは施行前に欧州に数千社あった暗号資産関連企業からするとごく一部であり、ライセンス取得のハードルの高さが伺えます。
ライセンス取得が進まない背景には、認可プロセスの長期化とコスト増大があります。MiCA下では申請から認可まで6ヶ月以上要するケースもあり(従来の国内ルール比で約3倍の時間)、審査書類の充実や各国規制当局同士の調整に時間がかかっています。またコンプライアンス費用も飛躍的に上昇し、小規模スタートアップでも最低6万ユーロ(約900万円)以上の初期コストが見込まれるとの試算があります(以前は1万ユーロ程度で済んだ国もありました)。法律事務所への依頼、内部管理体制の構築、自己資本の確保や外部監査の費用まで含めると、新興企業には重い負担です。この結果、「動きながら壊す」で突き進んできたベンチャー気質の企業ほどライセンス取得でつまずき、約45%の申請企業が規制不適合を理由に申請を拒絶される事例も報告されています。
こうした状況下、欧州の暗号資産業界では淘汰と再編の動きが加速しています。資金力と法務体制のある大手企業はMiCAを見据えて各国で登録・認可を積極取得しています。実例として米大手取引所コインベースは2023年にスペインやフランスで当局登録を行い、MiCA用の拠点をアイルランドに定め申請準備中です。一方、多くの中小スタートアップはEU域外への拠点移転を検討しています。規制コストを嫌い英国・米国・UAE・アジアの規制サンドボックスなど柔軟な管轄を求める動きや、競合同士の合併によるコスト分担も散見されます。MiCAによる明確なルール整備は「市場に信用と安定をもたらす」と歓迎する声も多い一方で、特に欧州発の小規模プロジェクトには参入障壁の高さが課題となっています。今後2025年末までに100〜130社程度がようやくライセンス取得に漕ぎ着けるとの予測もあり、それでも大半の既存事業者は未認可のまま撤退を余儀なくされる恐れがあります。
米国における法整備:FIT21法案と規制当局のスタンス
米国では、EUとは対照的に暗号資産に関する包括的な連邦法整備が遅れています。長らく証券取引委員会(SEC)や商品先物取引委員会(CFTC)が既存法(有価証券法や商品取引法)を援用して個別案件ごとに規制・制裁する「規制による執行」が続き、業界からは「ルール不明確」との不満が高まっていました。こうした中、2024年5月に米下院で可決されたのが「金融革新技術21世紀法(FIT21法案)」です。FIT21は暗号資産の証券・商品区分を明確化し、監督官庁の権限配分を整理する包括法案で、デジタル資産を以下の3種に分類する枠組みを提案しています:
- 制限付デジタル資産(Restricted Digital Asset):証券的性質を持つトークンで、SECの管轄とする。
- デジタルコモディティ:証券に該当せず自己認証によって商品(コモディティ)として扱えるトークン。CFTCの管轄。
- 決済用途のステーブルコイン:銀行など規制当局の許可を受けた発行体による価値安定型コインで、一部SEC/CFTCの双方管轄。
この法案には米暗号資産業界の強い支持があり、コインベースやデジタルカレンシーグループといった有力企業・団体がロビー活動を展開しました。2024年5月の下院投票では、与野党から賛成279票・反対136票と超党派の支持を得たことも注目されました。しかし、上院での成立見通しは依然として不透明です。2025年1月に発足したトランプ政権は、暗号資産業界に対して友好的な姿勢を示し、規制緩和を進めています。しかし、トランプ大統領自身やその家族が関与する暗号資産関連事業に対する利益相反の懸念が高まり、議会内での議論が紛糾しています。例えば、トランプ氏が関与するWorld Liberty Financial社が発行するステーブルコイン「USD1」が、アブダビの投資ファンドから20億ドルの出資を受け、バイナンスへの投資に利用されたことが報じられています。こうした状況を受け、上院では民主党議員を中心に、暗号資産規制法案に対する審議が停滞しています。特に、トランプ氏の暗号資産関連事業への関与が、政策決定に影響を及ぼしているとの批判が強まっており、法案の成立にはさらなる調整が必要とされています。
規制当局側のスタンスも依然厳格です。SECのゲンスラー委員長は「新法制定の必要性を感じない」と述べ、現行証券法の厳格適用で十分との姿勢を崩していません。実際にSECは2023年に大手取引所のバイナンスUSやコインベースを未登録証券の販売などで提訴し、市場に衝撃を与えました。一方で米議会ではステーブルコイン規制についても別途議論が進んでいます。下院金融サービス委員会で支払型ステーブルコイン法案が審議された他、上院銀券委員会でも「GENIUS法案」と呼ばれる超党派法案が2023年後半に承認されるなど、一部で動きもあります。もっともこちらも最終成立には至っておらず、米国全体としてはいまだ統一的なルールがない状態です。
こうした不確実性の中、米国の暗号資産市場は萎縮と適応の両面を見せています。規制リスクを嫌って米国内サービスを停止する企業(例:海外取引所のバイナンスは米子会社を縮小)や、海外拠点への脱出を図るスタートアップも出ています。一方、コインベースのように国内で争訟しつつ海外展開を加速する動きも顕著です。同社はSECから訴訟を受けつつも「より前向きな規制当局がいる地域での事業拡大」戦略を掲げ、2023年には欧州やアジアでライセンス取得や国際版取引所の開設を進めました。米業界はEUのMiCAを羨望の眼差しで見ており、「米国も欧州に倣い明確なルールを」との声が高まっています。現にFIT21法案推進には産業界が積極的に働きかけており、国際協調も視野に政策対話の機運が生まれつつあります。
日本における暗号資産の再分類・税制改革の動向
日本は暗号資産に比較的厳格な規制を敷いてきた国の一つです。2014年のMt.Gox事件などを受け、2017年には世界で先駆けて取引所登録制やマネロン対策を義務付けました。その後も投資家保護を重視し、ICO(新規コイン発行)規制やカストディ規制などを整備しています。他方で、近年はWeb3推進の観点から規制・税制の見直しも進んでいます。特に2023年以降、「暗号資産を日本経済の新成長分野として健全育成する」方針が政府・与党より打ち出され、制度改革の議論が本格化しました。
金融庁による再分類の検討:2024年末、与党税制改正大綱に「暗号資産取引に係る税制について、一定の暗号資産を国民の資産形成に資する金融商品として位置づける」との方針が明記されました。これを受け金融庁は暗号資産の制度面検証の非公開勉強会を開催し、2025年4月にディスカッションペーパーを公表しました。この中で提案されたのが、暗号資産を2つの類型に分けて規制するアプローチです。具体的には以下の分類となります。
- 資金調達・事業活動型暗号資産(類型①):トークン発行により資金調達し、その資金がプロジェクト運営等に使われるタイプ。一部のユーティリティトークンやICOトークンが該当。証券的性質が強く、現行の金融商品取引法(証券規制)の枠組みで投資家保護を図ることが適当との考え。
- 非資金調達型暗号資産(類型②):上記①に当てはまらないタイプの暗号資産で、ビットコインやイーサリアムなど決済やユースケースで流通するもの。こちらは必ずしも投資性が高くないため、現行の資金決済法(暗号資産交換業規制)の枠組みをベースにしつつ、利用者保護の観点を強化することが検討されています。
この再分類により、現在は一括りに「暗号資産」とされているものを性質に応じて規制手法を変える狙いがあります。金融庁は2025年6月末までに制度見直し案を取りまとめ、秋までに金融審議会で法案要綱を策定、2026年通常国会に資金決済法・金商法の改正案提出を目指す工程を示しています。実現すれば、日本の暗号資産規制は伝統的な証券規制の手法を一部取り込み、利用者保護と市場健全化を一段と強化することになります。同時に暗号資産を「国民の資産形成に資する金融商品」として位置づけることで、株式や投資信託と同様の健全な市場育成を図る意図があります。
税制改革の動向:規制見直しと並行して、長年課題とされてきた暗号資産の課税方法も改革が進みつつあります。現在、日本の個人投資家が暗号資産売買益を得た場合、その利益は給与所得などと合算され最大55%の雑所得課税(総合課税)となります。また、法人が保有する暗号資産も期末時価評価益に課税されるため、トークン発行企業にとって重い負担でした。これらを見直すため自民党Web3PTなどが提言を重ね、まず2023年度に法人税における未実現益課税が一部撤廃されました(自己発行トークンの含み益非課税化)。さらに2024年12月の与党税制改正大綱では、個人課税について暗号資産を株式等と同様に20%申告分離課税へ移行し、損失繰越控除も認める方針が明記されています。これは暗号資産を正式に金融所得の一種として位置づけるもので、税務上も他の金融商品と整合的な扱いに改める動きです。
もっとも分離課税への道のりには法整備との整合が必要です。金融庁は先述の規制枠組み議論を優先し、税制面はまず大枠方針を示したに留まります。今後、再分類に基づく法改正案がまとまった段階で税制改正も具体化し、早ければ2025年度中の法改正・2026年施行を目指すとみられます。仮に分離課税(税率20.315%)が導入されれば、個人投資家にとって暗号資産取引の税負担は大幅に軽減され、市場活性化につながる可能性があります。また損失の翌年以降繰越しが可能となれば、ボラティリティの高い暗号資産でも株式並みの投資管理ができるようになります。業界からも「これで日本市場が復活する」と期待の声が出ており、規制面の強化と税制面の緩和を両輪として日本型Web3エコシステムの構築が進もうとしています。
東南アジア:多様な規制アプローチと市場動向
東南アジア地域は暗号資産の利用が盛んな新興マーケットであり、国ごとに規制アプローチが大きく異なります。一部の国(シンガポールやタイなど)は包括的な規制枠組みを既に確立していますが、他方でベトナムやフィリピンのようにルール整備が始まったばかりの国もあります。こうした多様性の中でも、各国政府は投資家保護とイノベーション促進のバランスを模索しており、東南アジア全体としては2025年に向け暗号資産市場の可能性が拡大すると期待されています。以下、主要国の動向を概観します。
- シンガポール:金融ハブであるシンガポールは、2019年施行の決済サービス法(PSA)により暗号資産事業者にライセンス制を導入済みです。金融管理局(MAS)は暗号資産を「デジタル決済トークン」と定義し、取引所やカストディ業者に主要支払い機関(MPI)ライセンスを発行しています。同国ではこれまでに30社以上がライセンスを取得しており、大手ではCrypto.comやコインベース(2023年取得)などが名を連ねます。規制面では革新と保護の両立を掲げ、個人投資家への広告・信用供与を厳格に制限するガイドライン(2022年公表)も導入されました。一方で政府高官が「市民は暗号資産投資を控えるように」と警告するなど、リスクに対する慎重姿勢も示しています。総じてシンガポールは明確な法的枠組みと国際競争力でアジアの暗号資産拠点として先頭を走っています。
- タイ:タイは2018年にデジタル資産事業法を制定し、証券取引委員会(SEC)監督下で取引所ライセンス発行を開始しました。国内最大手Bitkubをはじめ複数の取引所が認可を受け、市場が形成されています。2023年に誕生した新政権(セータ首相)は暗号資産に前向きで、取引活性化のための政策を次々打ち出しています。注目すべきは2025年3月施行の新規則で、タイSECはステーブルコインUSDT(テザー)を正式に承認し国内取引を許可しました。従来タイ中央銀行は自国通貨バーツ建てのステーブルコインを禁止していましたが、外貨建て主要ステーブルコインの利用容認に舵を切った形です。この他にも取引所の自己資本要件緩和などデジタル資産ビジネスの柔軟性向上策が盛り込まれています。タイはこうした規制アップデートで市場競争力を高める戦略を取り、東南アジアの中で暗号資産導入率が上位に入る高い需要(人口当たり保有率はシンガポールに次ぐ世界トップクラス)に応えています。
- フィリピン:フィリピンは人口の若さとIT人材の豊富さから暗号資産普及率が高い国です。特にプレイトゥアーン型ゲーム(NFTゲーム)ブームでは世界的注目を集めました。ただし規制面では長らく明確な枠組みがなく、中央銀行(BSP)が交換業者(VASP)の登録制を運用する程度でした。近年になり当局も重い腰を上げ、証券取引委員会(SEC)が2024年初に暗号資産サービス提供者ルールの草案を公表しました。この草案では取引・カストディ・ICO(トークン新規提供)などを対象にライセンス登録と開示義務を課し、詐欺や市場操作リスクの低減を図るとしています。さらにBSP(中央銀行)は2024年に入ってペソ連動ステーブルコインのパイロット発行を解禁し、Coins.ph社がペソ建てステーブルコイン(PHPC)の実証実験を開始しました。このPHPCは銀行預金で100%裏付けされ1:1でペソと交換可能な設計で、BSPのサンドボックスで実験されています。フィリピンはこうした動きで投資家保護とイノベーション促進を両立する制度整備を進めており、2025年には正式な規制枠組みが整う見通しです。
- ベトナム:ベトナムは暗号資産利用者数で常に世界上位に入る熱狂的な市場ですが、公式には暗号資産を通貨として認めない方針を長らく維持してきました。一方で投機的な取引熱は冷めず、政府は制度整備を急ぐ必要に迫られていました。こうした背景のもと、ベトナム政府は2025年3月までに暗号資産およびトークン資産に関する包括的な法的枠組みを策定するよう財務省に指示し、2025年3月13日を期限として草案の提出を求めていました。その後、財務省は2025年4月1日付で「暗号資産市場の試験的実施に関する政府決議案」を提出しています。この決議案では、2027年末までを試験運用期間とし、最大5社までの暗号資産サービス事業者に対してライセンスを交付する枠組みを定めています。対象には取引所運営、カストディ、発行プラットフォーム提供、さらにはステーブルコイン発行なども含まれます。最低資本金の要件や、国内商業銀行・証券会社の出資が条件とされるなど、資本構成にも厳格なルールが設定されています。また、外国企業の単独参入は禁止されており、国内ライセンス企業との提携を通じてのみ市場参加が可能です。さらに、すでに暗号資産を保有している国内ユーザーについても、ライセンスを取得した正式なサービス提供者への資産移管が義務付けられる見込みであり、移行期間は6か月程度が想定されています。このように、ベトナム政府は暗号資産を全面的に合法化するのではなく、厳格な管理の下で「枠内に取り込む」戦略を採用しようとしています。どのような運用モデルを採るかは未確定ですが、MiCA規制を参考にした国際基準型に寄せるのか、あるいはシンガポールやドバイとは異なる独自の発展モデルを構築するのか、今後の展開が注目されます。東南アジア有数の潜在市場であることから、ベトナムの法制度の整備と市場開放に対して、各国の事業者や国際プロジェクトが強い関心を寄せています。
以上のように東南アジアでは規制のモザイク状況にありますが、共通するのは各国が暗号資産の恩恵(技術革新や投資)を享受しつつリスクを制御する道を模索している点です。シンガポールや香港が主導する形でアジア全体が法整備を進めれば、欧米を凌ぐ巨大市場が形成される可能性も指摘されています。一方で枠組みの未整備な国が多い現状では、規制の抜け穴を悪用した資金洗浄などのリスクも残ります。地域の国際協調やベストプラクティスの共有が進めば、アジアから世界標準となる革新的ルールが生まれる可能性もあり、各国当局の今後の動向が注目されます。
国際的な暗号資産プロジェクトへの影響と企業の対応戦略
上記の各地域で進む規制強化は、グローバルに事業展開する暗号資産プロジェクトに大きな影響を与えています。国ごとに異なるルールへの適合が求められる中、企業はそれぞれ戦略を練っています。
- コインベース(Coinbase):米最大手の暗号資産取引所コインベースは、母国アメリカでの規制訴訟に直面する一方で海外展開を加速させています。同社は2023年にドイツ・イタリア・スペインなど欧州数カ国で当局登録を済ませ、MiCA対応の欧州統括拠点をアイルランドに決定しました。さらにバミューダでデリバティブ取引所を開設し、日本やシンガポールでも提携やサービス提供を模索しています。「規制遵守こそ競争力」との理念を掲げ、各国で最高水準のルールに合わせる方針です。実際コインベース幹部は欧州当局者とも対話を重ねMiCAを支持する姿勢を示しており、「米国も追随すべき」と公の場で呼びかけています。
- サークル(Circle):米ドル連動ステーブルコインUSDCの発行元であるサークル社は、規制への順応に極めて積極的です。同社は2024年7月、前述の通りMiCA下で初のステーブルコイン発行者ライセンスをフランスで取得し、USDCおよびユーロ連動コインEURCをEU準拠で発行可能にしました。サークルの政策責任者ダンテ・ディスパーテ氏は「MiCAは暗号資産版のGDPR(EUデータ保護規則)だ」と述べ、EUが先行しても他国が追随しなければ不十分だと指摘しています。「各国の規制と政策を調和させ、MiCAが孤立した存在でなく標準となることが必要だ」とし、国際的なルール統一の必要性を訴えています。また同氏は「サークルは最高水準にビジネスを合わせ、規制の底競べ(緩い所への一極集中)ではなくトップへの競争を目指す」と述べ、米欧での調和的な規制整備に期待を示しました。サークルはすでにシンガポールでもデジタルトークンサービスのライセンスを取得済みで、今後も主要国で規制当局との協調路線を取る方針です。
- バイナンス(Binance):世界最大の取引量を誇る暗号資産取引所バイナンスは、各国規制当局からの圧力に直面しつつ機動的な戦略転換を図っています。EUではフランスやイタリアで当局登録を済ませましたが、オランダなどでは登録を断念し撤退するケースもありました。MiCAへの対応について同社は「欧州市場重視」を公言し遵守の意向を示す一方、2023年にはフランス捜査当局によるマネロン調査が報じられるなど逆風もあります。米国ではSEC・CFTC双方から提訴され、バイナンスUSの経営縮小やCZ CEOの辞任(2023年末)に発展しました。こうした状況下、バイナンスは規制環境の比較的緩やかな地域へのシフトを強めています。中東ではバーレーンやドバイでライセンスを取得し、本社機能もドバイに移転したと報じられました。さらに日本市場にも再参入(2022年に現地交換業者を買収)し、各国ごとにローカライズしたサービス運営を試みています。「一国一策」で規制を乗り切る戦略ですが、グローバル統一のサービス提供には難しさが増しています。Bitstampの法務責任者は「単一のオーダーブックで世界展開する取引所にとって、MiCAのような単一地域規制のみ見ていれば良い時代は終わった」と述べ、各国規制をすべて視野に入れねばならない現状を指摘します。バイナンスを含む大手グローバル企業は今、事業を国別に区切る「リージョナライズ戦略」と、可能な限り各国ルールを標準化した内部コンプライアンス態勢構築との両面で対応を迫られていると言えます。
- その他のプロジェクト:ステーブルコイン最大手のテザー(Tether)社はEUの厳格な開示要件を嫌い、拠点を規制寛容なエルサルバドルに移す動きを見せました。このように規制が厳しい地域から緩い地域へ本拠を移す企業もあります。一方、米ジェミニ(Gemini)取引所は欧州進出のためいち早くアイルランドでVASP登録を済ませ、MiCAにらみでダブリンを欧州拠点としています。日本発のプロジェクトでは、国内規制に適合しつつグローバル展開を目指す動きもあります(例:ソラナ系プロジェクトが日本で認可取得し海外投資家の信頼を得るケースなど)。このように国際プロジェクトの対応は二極化しており、①規制先進地域であえてライセンスを取得しブランド信頼を確保する路線と、②規制の緩い法域に活動拠点を置き開発を続ける路線に分かれています。前者は長期的な市場信頼に資すると見込まれますが初期コストが高く、後者は短期的な自由度が利くものの将来の規制強化リスクを孕みます。いずれにせよ、大手プロジェクトほど各国当局との対話を重視する傾向が強まっており、「レース・トゥ・ザ・トップ」(規制遵守で業界トップを狙う)というサークル社の表現に代表されるように、自発的に高い遵守基準を設ける企業文化が芽生えつつあります。
各国・地域アプローチの比較とMiCAのグローバル標準化の可能性
MiCA規制の世界的影響を考える上で、主要な国・地域が暗号資産に対してどのような規制アプローチを採っているのかを個別に見ていくことが重要です。以下に、2024年から2025年にかけての最新の動向とともに、それぞれの政策の特徴を紹介します。
まず、欧州連合(EU)では、MiCA規制によって域内のルールが統一されました。単一のライセンスでEU全域にサービスを展開可能な体制が整えられ、消費者保護と市場の健全化が両立するよう、詳細な要件が規定されています。2024年6月にはステーブルコインに関する規制が、同年12月には暗号資産サービス提供者(CASP)に関する規制がそれぞれ施行されました。とはいえ、ライセンスの取得が順調に進んでいるのは主に大手企業に限られ、2025年初の時点でCASPの認可取得企業は12社、ステーブルコイン発行体は10社に留まっています。中小規模の事業者の適応は大きな課題となっています。
一方、アメリカでは暗号資産に対する統一的な法律が未整備のままで、証券取引委員会(SEC)と商品先物取引委員会(CFTC)による個別対応が続いています。特に、暗号資産が証券に該当するのか商品に該当するのかを巡って、両規制当局の間で管轄権争いが起きています。加えて、ニューヨーク州のビットライセンスに代表されるように、州ごとに異なる規制が存在しています。2024年には、FIT21法案が下院で可決されたものの、トランプ政権下での規制緩和の空気感とは裏腹に、上院での可決は実現しておらず、SECは引き続き大手取引所に対して強硬姿勢を取っています。このような中、業界は明確なルール整備を求めつつも、グローバル展開を進めることで対応を図っています。
日本では、暗号資産交換業の登録制をはじめ、早い段階から厳格な投資家保護策を導入してきました。証券性のあるトークンについては金融商品として扱われ、税制面では長らく雑所得扱いとされてきました。しかし2023年以降、Web3政策の一環として見直しが進められており、暗号資産の性質に応じた再分類(証券的なものと非証券的なものの区別)による規制の強化が検討されています。税制についても、2024年末には20%の申告分離課税へと移行する方針が示されており、2025年中には関連法案の取りまとめが行われる予定です。
アジアに目を向けると、シンガポールは厳格なライセンス制度(Payment Services Act)と、暗号資産産業の積極的な育成を両立させてきました。MAS(シンガポール金融管理局)は透明性やリスク管理の徹底を求めつつ、国外の有力企業の誘致に成功しています。2024年までにすでに30社以上がライセンスを取得しており、同国はアジアにおける暗号資産の中核拠点としての地位を築いています。なお、個人投資家向け広告の制限やレバレッジ取引の禁止など、保護措置の強化も併せて進められています。
タイでは、2018年にデジタル資産事業法が導入され、SEC(証券取引委員会)の監督下で取引所にライセンスを交付する制度が確立しています。近年では新政府の下で規制のアップデートが進められ、2025年3月からは、USDT(Tether)を正式に承認し、国内での流通を許可する制度が施行されることになりました。人口あたりの利用率が非常に高く、市場拡大を目指した柔軟な対応が図られています。
フィリピンでは、これまで中央銀行による交換業者登録制度(VASP登録)が存在するのみで、包括的な規制体制は不在でした。しかし2024年末には証券取引委員会(SEC)が包括的なルールの草案を公表し、取引所の登録義務、情報開示、マネーロンダリング対策(AML)などが盛り込まれた法整備が進行中です。また、中央銀行はペソ連動のステーブルコインを試験的に承認し、2025年には本格的な施行が見込まれています。
最後にベトナムですが、同国では暗号資産の利用は黙認されている一方、通貨としての扱いは明確に禁じられています。これまでは法的枠組みが存在していませんでしたが、政府は2025年3月までに規制の方向性を定めるよう財務省に指示し、4月には「暗号資産市場の試験的実施に関する政府決議案」が提出されました。この制度では、最大5社までの暗号資産関連事業者にライセンスを発行する予定で、事業者には厳格な資本要件が課されます。外国企業は単独での参入が認められず、国内ライセンス企業との提携が義務付けられる構成です。
こうして見ると、各国の規制アプローチは大きく以下のようなパターンに分かれます。欧州型は包括的な統一ルールを敷く方向性、米国型は既存法の枠内で断片的に対応するスタイル、アジアの多くは国家主導で育成と統制を両立しようとする路線、そして日本型は伝統的な金融法制との統合による制度化です。
こうした多様な中で、MiCAがグローバル標準となる可能性については依然として議論の余地があります。欧州委員会の顧問ペーター・ケルステンス氏は、MiCAが「ブリュッセル効果」を通じて世界標準になりうると述べており、実際、GDPR(EUの個人情報保護規則)が他国にも影響を与えた事例に重ねる声もあります。EU当局は国際会議の場でもMiCAをベースにした基準調和を呼びかけており、同様の立法を検討する国も出てきています。
ただし、Circle社のディスパーテ氏は「MiCAがGDPRと同様に世界的に波及するとは限らない」と指摘しています。MiCAが“欧州ローカル規制”に留まるリスクもあるため、米欧が連携して調和的なルールを整備し、MiCAを軸に大西洋横断の規制フレームを築くことが肝要だと提案しています。
現在、国際機関である金融安定理事会(FSB)や証券監督者国際機構(IOSCO)もグローバル原則の策定に取り組んでおり、その内容はMiCAの理念と多くの点で共通しています。つまり、国際的なルール整備は徐々にMiCA型に収斂しつつあるとも言えます。民間業界からも「パッチワーク規制ではなく、グローバルに通用する標準を」との要望が強く、Bitstampの幹部は「今や各国の規制を総合的に理解しないと、グローバルな事業展開は難しい」と語っています。
結論として、MiCAは世界初の包括的な暗号資産規制として歴史的意義を持ち、他国の制度設計に大きな影響を与えています。直ちに世界がMiCAをそのまま採用するわけではありませんが、今後の国際協調ルールの土台としての役割を果たすことは十分に考えられます。一般投資家にとっても、自国の規制環境のみならず、こうした国際的潮流を見据えておくことは、戦略的な資産運用を行う上で不可欠な視点となるでしょう。MiCAが真のグローバルスタンダードとなり得るか、今後1〜2年の各国の動向が試金石となります。


